Wilson Timelines

  • 副産物の画期的ビジネス

    誰も見向きもせずに捨てられていた精肉後のスジや皮。そうした副産物を再利用、更にそれをビジネスにできるのではと考えたのが精肉業者のシュバルツチャイルト&ザルツバーガー社(Schwarzchild and Sulzberger)です。同社は、そのビジネスの実現に向けて、アシュランド・マニュファクチャリング社(Ashland Manufacturing Company)を設立します。こうして、米国シカゴに誕生した会社が、実はウイルソンの前身なのです

  • 早くも自社製品が世に

    アシュランド社は、それまで捨てていた精肉の副産物を利用する研究を推進。そして、外科用の縫合糸と廉価なテニスラケット、ラケットのストリング、2種類の野球用シューズを開発して、商品化にまでこぎつけます。初代の統括マネージャーを務めたのが、初期のスポーツ用品業界を代表する専門家の一人であるE. C. シートンです。彼が打ち出した方向性に沿って、アシュランド社はスポーツ用品ビジネスの世界へ踏み込みます。設立後1年足らずでアシュランド社は、スポーツ用品に専念すべく親会社から独立。革新的な技術と品質を武器に会社を大きく成長させて、アスリートとスポーツ界への貢献を目標として掲げ、躍進をはじめたのでした。

  • 75セントのテニスラケット

    フットボール用ジャージ、バスケットボールや室内野球用のボールを製品ラインに追加し、75セントのスター・テニスラケットを発表。

  • 大統領の名前を社名に

    ニューヨークの銀行に買収されたことを機に、当時全米で絶大な人気を誇った第28代大統領ウッドロー・ウイルソンにあやかり、社名を“ウイルソン”と変更……と思いきや、世の中そんなにうまくはいきません。米国法務局から大統領の名前の使用禁止通達が出されてしまいます。そこで、苦肉の策として、当時は一介の従業員に過ぎなかったトマス E.ウイルソンをなんと社長に抜擢して、社名をトマス E. ウイルソン社(Thomas E. Wilson Co.)に変更します。

    社名変更後に、運動競技用のユニフォームや衣料品を製造するために、へッツインガー・ニッティング・ミルズ(Hetzinger Knitting Mills)を買収します。会社があまりにも急成長したため、これまでの社屋ではあまりにも窮屈になり、急遽、シカゴのサウスサイドにある赤レンガ造りの廃校を自社ビルにして移転。更に、ゴルフバッグの製造ラインも確立できたらと、キャディー・バッグ工業(Indestructo TM Caddie Bag Co.)を吸収合併。それまでは様々なバッグを生産していましたが、ゴルフバッグに特化し生産を続けます。

    “J-4バスケットボール”と“A-5フットボール”を発表。

  • 画期的な保証期間

    トマス E.ウイルソン社は、すべての製品を無条件で2年間保証するという、当時としては画期的な広告を“サタデーイブニングポスト誌”に掲載しました。この広告は、まさにスポーツ用品業界を震撼させる大きな事件となります。技術が発展した今でこそ2年間の製品保証も当然といえば当然ですが、今から80年近く前に長期保証を打ち出すというのは、まさに商品への自信と愛着の証しにほかなりません。この年に、ゴルフクラブの製造も開始して、フットボールのヘルメットも製品ラインに追加。さらに、ティンカー・エバース・チャンス(Tinker-Evers-Chance)というニックネームで知られた内野手のジョー・ティンカー(Joe Tinker)を野球部門の営業部長に迎えます。

  • 公式バスケットボールに

    トーマス E.ウイルソン社は、更なる商品の向上や新商品への探求に向けて、上級管理職の刷新に踏み切ります。新社長には、L. B. アイスリー(L.B. Icely)が就任。新社長の下で品質の向上を目指した結果、会社はさらなる急成長を遂げ、売上げも百万ドルの大台に乗ります。また、2年前に発表した “J-4バスケットボール”がAAUナショナル・チャンピオンシップスのオフィシャルバスケットボールとして採用されます。

  • 本格的な宣伝活動を開始

    品質の向上と新製品開発に力を注ぐ一方で、トーマス E.ウイルソン社は、マーケティングにも力を入れ始めます。その一環として実施したのが、当時としては画期的な共同販促プログラムであるディーラー・エイド(Dealer-Aid)です。このプログラムで販売店との協賛による広告宣伝活動を推進した結果、売り上げは50%の伸びを記録。生産能力が追いつかないほどの成功を収めます。

    続いて、シカゴ・スポーティング・グッズ社(Chicago Sporting Goods Co.)を買収してユニフォーム製造分野に進出。さらに、上質な革製品の製造で知られていたオハイオ州カントンのセルズ・マニュファクチャリング社(Sells Manufacturing Co.)も買収します。セルズ社には、トップクラスの職人が多数在籍していましたが、そのうちの一人が、業界で特に有名だった革職人のアーチ・ターナー(Arch Turner)です。ターナーがデザインしたボールが、その後何年もたってから、フットボールのゲームが大きく様変わりするきっかけとなるとは、この当時の誰も予想してはいなかったでしょう。投げやすく、受けやすく、どんな天候でも扱いやすいターナーのボールこそが、前方へのパスによる攻撃という近代フットボールの戦法が生まれる源流となったのです。

    トーマス E.ウイルソン社はまた、ウエスタン・スポーティング・グッズ社(Western Sporting Goods)と販売契約を結んでユニフォームのトップメーカーとなったほか、野球チームのシカゴ・カブスのオフィシャル・サプライヤーにもなりました。

  • JHブランドの誕生

    トーマス E.ウイルソン社は、シカゴ・スポーティング・グッズ社(Chicago Sporting Goods Co.)とナショナル・バスケット社(National Baseball Manufacturing Co.)を買収して、成長を続けました。ゴルファーのジョック・ハチスン(Jock Hutchison)が最初の契約スポーツ選手となり、彼のイニシャルを取った“JH”ラインのクラブが開発されました。

  • 日本初のデビスカップ参加

    清水善造がウィンブルドンでオールカマー制度準決勝に進出。世界4位にランキングされます。熊谷/清水/柏尾の3選手が日本人として初めてデビスカップに参加し、チャレンジラウンドに進出しました。

  • ジーン・サラゼンの登用

    トーマス E.ウイルソン社は、キャッチャーミットのレイ・シャーク507を発売。そのパッドの工夫と、はめ心地のよさが業界の標準となりました。さらに、パシフィック・コースト・リーグとイースタン・リーグがウイルソンの野球ボールを公式ボールとして採用。ロジャー・ホーンズビーが三冠王に選ばれたのもこの年です。【PHOTO:レイ・シャーク(Ray Schalk)のキャッチャー・ミット】

    この年の感謝祭の日に、ゴルファーのジーン・サラゼン(Gene Sarazen)をスポーツ選手としては初の顧問として迎えます。サラゼンは、U.S.オープンで2回、PGA TM選手権で3回優勝したほか、全英オープン、マスターズも制覇した華々しいキャリアの持ち主で、PGA TMの殿堂入りも果たしています。サラゼンの顧問就任が、後のウイルソン・アドバイザリー・スタッフの誕生につながります。【PHOTO:最初のアドバイザー、ジーン・サラゼン】

  • ベーブ・ルース モデル

    野球のことは知らなくても、この人の名前を知らない人はいないのではないでしょうか? そう、あのベースボールの神様と言われているベーブ・ルースのオリジナルグローブ“ベーブ・ルース モデル605”が発売されました。

  • ダブルラインで記録更新

    サラゼンを筆頭として、ウイルソン・アドバイザリー・スタッフが産声をあげます。

    フットボール分野でも、強力な人材がアドバイサリー・スタッフに参加します。それが、真のイノベーターと賞賛されていたノートルダム大学のコーチ、ヌート・ロックニー(Knute Rockne)です。ロックニーに定期的にウイルソンの工場を訪問してもらい、選手の声や試合での出来事を製品に反映させた結果、ダブルラインの新しいフットボールが誕生。ノートルダム大学のファイティング・アイリッシュ(Fighting Irish)に採用されることになりました。

    イリノイ大学のレッド・グレーンジ(Red Grange)が、ミシガン大学との総獲得距離480ヤードの試合で、5回のゴールをタッチダウンで決め、6回めをスローイングで決めるという快挙を成し遂げました。

    また、セントルイス・カーディナルスのロジャー・ホーンズビーが、.424の記録を達成しました。

  • へそを取ることに成功

    ロックニーとの共同開発によって、バルブで膨らませる形式のフットボールが誕生します。このボールには空気注入用のつまみが不要ななので、それまでは紐の下にねじ込んでいた邪魔な“へそ”がなくなります。ロックニーの功績を称えて、彼の名前がボールに刻まれました。1919年頃に革職人のアーチ・ターナーがデザインしたボールの伝統が受け継がれた、揺れのない美しい螺旋を描いて空を舞う“KR”フットボール。このボールが、今日のパス攻撃スタイルのフットボールゲームの発展に大きく貢献することになります。【PHOTO:Knute Rockneフットボール】

    メジャーリーグのロジャー・ホーンズビーが1922年に続いて2度目の三冠王に選ばれました。また、前年に大活躍したレッド・グレーンジが、シカゴ・ベアーズに入団し、シカゴを本拠地とするトーマス E.ウイルソン社のスポークスマンもつとめることになりました。そして、この年の中旬、社名をトマス E. ウイルソン(Thomas E. Wilson Co.)からウイルソン・ウェスタン・スポーティング・グッズ社(Wilson-Western Sporting Goods Company)に変更しました。

    ところで、皆さんは、昔のテニス・ボールのパッケージをご存じですか? 当時は、紙で包んだボールを四角い箱に入れて販売していました。今では一般的な、筒型の容器も元々はウイルソンが開発したものです。この年、紙製の筒に金属製の上蓋と底を付けた新しい容器を完成したウイルソンは、これを“防湿容器入りのテニスボール”として大々的に宣伝して販売、テニス界に旋風を巻き起こしたのでした。

  • 原田武一の活躍

    ベ−ブ・ル−スが本塁打自己最高の59本でタイ記録を達成します。また、当時の日本を代表するテニスプレイヤー、原田武一がチルデンとアロンゾにつぐ全米3位、世界でも7位にランキングされます。

  • 新しいテニスボール容器

    ウイルソン・ウエスタン社は、業界初の試みとして、若者向けのスポーツ用具を特別のパッケージに入れて発売します。また、完全密封容器のテニス・ボールを世に送り出し、業界を大きくリードすることになります。

  • 今度はパンツで旋風

    この年、ロックニーと共同開発した新しい発想のフットボール・パンツを世に送り出して、再びフットボール業界を震撼させます。このフットボール・パンツは、選手たちがより自由に身体を動かせるようにパッドの取り外しができるようになっていました。【PHOTO:ウェストライン・フットボール・パンツ】

  • 第一回庭球選手権大会開催

    日本ではこの年に、第一回全日本学生庭球選手権大会が東京の上井草で開催されました。

  • サッカー・ワールド・カップ

    サッカーのワールド・カップが始まったのがこの年です。

  • 大きな悲しみの後に

    この年、衝撃的な事故が起りました。アドバイサリー・スタッフのヌート・ロックニーと経理部長のジョン・ハッパー(John Happer)の乗った飛行機が墜落し、乗客全員が死亡。指導的立場の二人を失ったウイルソン・ウエスタン社は、大きな悲しみに包まれました。

    しかし、この悲劇を乗り越えて、ロウ & キャンベル社(Lowe & Campbell Co.)とホラース・アンド・パートリッジ社(Horace and Partridge Co.)と、次々と大型合併を実現。販売量が飛躍的な増大しました。さらに、会社の正式名称をウイルソン・スポーティング・グッズ(Wilson Sporting Goods Co.)に変更しました。

  • アイデアと閃きの年

    ネブラスカ大学のフットボール・コーチ、ダナ X. バイブル(Dana X. Bible)がアドバイザリー・スタッフに参加して、2種類のヘルメットとショルダー・パッドの開発に大きく貢献しました。

    一方、ゴルファーのジーン・サラゼンは、飛行機に乗っているときに思いついた新しいクラブヘッドのアイデアを基に、砂の上をスムーズに滑るクラブヘッドを完成。それを使ったサラゼンは、この年の全英オープンでみごと優勝します。R-90という製品名で発売されたこのクラブは“エクスプロージョン・ショット”として親しまれ、この年だけでも50,000本も売れて、最も人気の高いサンド・ウェッジとなりました。

  • 研究による成果

    ゴルファーのウィリー・オッグ(Willie Ogg)がヘッドの先端への加重分散を考案。これによって、重量を周辺に分散した最初のゴルフクラブであるウイルソン・オッグ仕様のアイアン(Wilson Ogg-mented iron)が登場することになります。

  • KRボールが認定される

    フットボール・ルール委員会が、ウイルソンのKRボールを公式ボールの基準仕様に指定。すべての公式ゲーム・ボールがこの仕様を踏襲することになりました。

    テニス分野では、数種類の木をブレンドした画期的なウイルソン・エルズワース・バインズ・オートグラフ(Wilson Ellsworth Vines Autograph)ラケットが誕生します。ウイルソンはその後、フランスの女性トップ・テニス・プレーヤー、スザンナ・レングレン(uzanne Lenglen)とライセンス契約を結び、彼女の名前をラケットに刻印します。

    ゴルフ分野では、アマチュア・ゴルファーのヘレン・ヒックス(Helen Hicks)とゴルフ・クラブ製品のデザイン契約を結びました。

  • 画期的なラケットの誕生

    エルズワース・バインズ・シリーズに新たに4つのテニス・ラケットが追加されました。多様なバランスのラケットが揃い、プレーヤーはヘッド付近に重心のあるラケットやハンドル付近に重心のあるラケットといった、自分のテニススタイルに合ったラケットが選べるようになりました。

  • 日本職業野球連盟誕生

    日本ではこの年、日本職業野球連盟が結成されます。

  • アドバイザリーの業績

    25才のサム・スニード(Sam Snead)がプロ・ゴルファーとしてデビューし、直後にウイルソンと契約を結びます。スニードはその後、PGA TM とマスターズでそれぞれ3回、全英オープンで1回の優勝を飾ることになります。

    テニス分野では、史上初のグランドスラマーとなるドン・バッジ(Don Budge)とも契約を結びました。

  • プレーヤーにちなんで命名

    この年、ブルー・リッジ(Blue Ridge)ゴルフ・クラブがウイルソンの製品ラインに加えられました。名プレイヤー、サム・スニードの生まれ故郷であるバージニア州の町の名前でもあるブルー・リッジは、その後50年以上も製造される定番製品となります。

    テニス分野では、ウイルソン・アドバイザリー・スタッフに加わったドン・バッジにちなんで名づけられた2つのラケット、ゴースト(The Ghost)とファントム(The Phantom)が誕生しました。

  • ゴルフクラブの大技術転換

    ウイルソンの技術者が油圧制御技術を使って、木材の層を十字パターンに接着することに成功。よりパワフルに、思いのままの方向に打てるだけでなく、耐久性も向上したゴルフクラブが完成しました。層構造を成す木材の利用は、スチール・シャフト以来の大きな技術革新だといえます。さらに、同じ技術を応用したテニス・ラケットも開発され、ストラタ・ボウ(Strata Bow)という名前で製品化されました。

  • 22才のゴルファーの功績

    22才のゴルファー、パティ・バーグ(Patty Berg)がアドバイザリー・スタッフに参加、すべてのメジャートーナメントで優勝を果たしました。バーグは通算80回のトーナメントで優勝し、ゴルフとウイルソンの大使として10,000回以上の指導とエキジビションを行いました。

    野球の分野では“ストリームライン・シームレス・サム・モデル602”が誕生。「より優れた用具は、より優れたプレーを生む」というウイルソンのスローガンのもとに誕生した最高峰自信作となりました。【PHOTO:パティ・バーグ(Patty Berg)】

  • 新しいデュークが誕生

    パティ・バーグのカップ・ディフェンダー(Cup Defender)クラブを発表し、百万セット近くを売り上げました。

    上質な素材、手縫い仕上げ、3枚の内張り、二重縫いの継ぎ目が特徴のウイルソンの新しいデューク(Duke)フットボールがナショナル・フットボール・リーグのオフィシャル・ボールに選定されました。

    ウイルソンの契約選手でボストン・レッドソックスのテッド・ウイリアムス(Ted Williams)が打率4割6厘をマークし、メジャーリーグ史上初の4割打者となりました。

    時は、第二次世界大戦中。ウイルソンが所有する工場も戦争に協力して、アメリカ兵が使うテントやダッフルバッグ、ヘルメットを製造することになります。

  • 大日本体育会の創立

    メジャーリーグでは、4割打者ロジャー・ホーンズビーが、野球の殿堂入りを果たしました。

    日本では、英語のスポーツ用語が日本語に変更されます。

  • 全米女子野球リーグ誕生

    女性のプロ・ソフトボールリーグの全米女子野球リーグ(AAGBL)が誕生します。

  • ヘルムズ・アスレチック財団

    戦時下にあってもウイルソンは、スポーツ振興のための努力を続け、事業の拡大と成長を維持し、ヘルムズ・アスレチック財団(Helms Athletic Foundation)によって「スポーツの向上に寄与する重要なプロジェクトの推進と運動競技への多大な貢献を果たしている」と賞賛されます。若者をターゲットにした広告も高く評価されました。

    この年、ウォルター・ハーゲン(Walter Hagen)シリーズがウイルソンのゴルフ製品に加わりました。

  • 第二次世界大戦終結

    ドイツが連合国に無条件降伏、日本もポツダム宣言を受諾して、第二次世界大戦が終結します。平和が戻り、スポーツの復興も始まりました。

  • テッド・ウィリアムズ

    テッド・ウィリアムズ(Ted Williams)がアドバイザリー・スタッフのメンバーに加わりました。彼は、オールスター選手に選ばれること13回、通算打率も .344を記録しています。

  • ジャック・クレイマー

    衣料品の製造拠点をテネシー州クックヴィルに移転しました。

    この年から、近代テニスの父であるジャック・クレイマー(Jack Kramer)とウイルソンとの長い交友関係が始まります。世界チャンピオン、コメンテーター、ディレクター、オーガナイザー、テニス用品のコンサルタントなどいくつもの顔をもつクレイマーは、個人としては他の誰よりもテニスの普及・発展に努める功労者となります。【PHOTO:ジャック・クレイマー(Jack Kramer)】

  • ゴメス参加/PGAへの支援

    殿堂入りを果たして球界を去ったヤンキースの伝説のピッチャーであるヴァーノン・レフティ・ゴメス(Vernon "Lefty" Gomez)が、ウイルソンのために多数の公演や慈善活動を開始。【PHOTO:ヴァーノン・レフティ・ゴメス(Vernon "Lefty" Gomez)】

    現在のLPGA(The Ladies Professional Golfers' Association)の前身であるWomen's PGAが誕生。ウイルソンの社長 L. B. アイスリー( L.B. Icely)が財政支援を行ないました。設立記念のツアー・イベントが7回開催され、パティ・バーグと新たにウイルソンのスタッフ・メンバーとなったベイブ・ディドリクソン・ザハリアス("Babe" Didrickson Zaharias)がそれぞれ3回ずつ優勝しています。ザハリアスはこの時代のトップ・ゴルファーとして知られていますが、元々は陸上選手で、ゴルフに転向する前はアメリカ国内だけでなく世界でも数多くの記録を保持していました。後にザハリアスは、世界で最も偉大な女性アスリートとして伝説的な存在になります。

    ウイルソンの組織はこの頃、15の工場と31の営業所/倉庫を擁しており、その歴史を通じて最大の規模に達していました。

  • 永遠のベストセラー誕生

    永遠のベストセラーモデルと言われているジャック・クレイマーのサイン入りテニス・ラケットが誕生します。このラケットの特長は、アッシュ材(セイヨウトネリコ)のみを使ったラミネート構造です。この後、1949年から1981年までの間に実に1,000万本以上が販売されることになるジャック・クレイマー・ラケットは、ジョン・マッケンロー(John McEnroe)やトレイシー・オースティン(Tracy Austin)、アーサー・アッシュ(Arthur Ashe)、クリス・エバート(Chris Evert)など数多くのプレイヤーに愛用され、ウィンブルドンや仏オープン、U.S.オープン、オーストラリア・オープンで、他のどのラケットよりも多くの優勝を経験することになります。

    またこの年、ウイルソンはスポーツ用品業界ではじめて在庫管理にコンピューターを導入しました。【PHOTO:ジャック・クレイマーのサイン入りラケット】

  • 新社長の就任

    1918年からウイルソンの社長を務めてきたL. B. アイスリーが亡くなり、代わってフレッド・ボーマン(Fred Bowman)が新社長に就任しました。

  • アジア競技大会に日本が参加

    日本選手団がインドのニューデリーで開催された第1回アジア競技大会に参加。また、日本のプロ野球が2リーグに分かれたのもこの年です。

  • リトル・モー

    女子テニス界史上初のグランドスラマーであり、悲劇のプレーヤーとして映画にもなったリトル・モーことモーリン・コノリー(Maureen Connolly)と契約を結びました。

  • コメット(Comet)

    コメット(Comet)として知られるようになったWilson KP-4は、最上級のレザーと丈夫な4層構造。品質の良さが認められ、この後30年間にわたりNBA™で採用され続けることになります。【PHOTO:Comet Basketball】

  • ベイブ・ザハリアス

    ガンとの闘いを経て復帰したベイブ・ディドリクソン・ザハリアス(Babe Didrickson Zaharias)が、U.S.オープンなど4つのツアーで優勝しました。

  • 手に吸いつくボール

    この年のオハイオ州アーダのオハイオ・ケンタッキー社(Ohio-Kentucky Manufacturing plant)買収は、ウイルソンがフットボール・メーカーとしてリーダーシップを維持していくために非常に重要な決断だったと言えました。

    TD™フットボールは製造プロセスで施された加工によって、手に吸い付くような感触がいつまでも失われないのを特長としていました。カレッジ・オールスター・ゲームで最初にこのボールが使われ、プレイヤーが「乾いた他のボールより湿ったTDのほうがつかみやすい」とコメントしています。【PHOTO:TD Football】

  • ドリルド・スルーホーゼル

    米国テニス界でセンセーションを巻き起こしたモーリン“リトル・モー”コノリーがウイルソン・アドバイザリー・スタッフに加わりました。彼女は19才で、オーストラリア・オープン、仏オープン、ウィンブルドン、U.S.オープンを制覇するという前人未踏の快挙を成し遂げ、さらに毎年ウィンブルドンと U.S.オープンのタイトルを獲得し、21才までに“Woman Athlete of the Year”の座に輝くこと3回という輝かしい成績を残しました。

    ブルックリン・ドジャーズのロイ・キャンバネラ(Roy Campanella)のサイン入りのダブル・ブレークを採用したキャッチャーミットを発表しました。

    また、この年、ホーゼルからソールまで穴を貫通させ、ウエイトをヘッドに分散、スウィート・スポットに効率よくパワーを集中させたデザインのゴルフクラブ、ドリルド・スルーホーゼルを開発しました。

  • A2000グローブ

    新しい野球用グローブが開発されました。ウイルソンの職人たちは皮革加工用具を携えて春のトレーニング・キャンプに赴き、選手たちの意見を取り入れ、徹底した改良を加えていきました。そうしてできたのが、ウェブの根元より深いポケット、従来よりもより広いウェブ。更に、スナップ・アクション(Snap Action™)機能で、グローブの素早い開閉を可能にしました。また、親指部分を堅くすることで型崩れを防止。こうした画期的な改良によって、守備プレーの水準が飛躍的に向上しました。新しいグローブを使うことで、すばやく確実なプレーができるようになり、見事な片手でのキャッチがゲーム中ごく普通に見られるようになったのです。このグローブには有名プレーヤーの冠はなくて、A2000というストック番号だけで有名になります。業界の歴史を通して今日にいたるまで、A2000はグローブのベストセラーを更新しつづけています。本社と研究開発部門、ゴルフクラブ工場をイリノイ州リバー・グローブに移転しました。【PHOTO:A2000™ Glove】

  • 国立競技場が完成

    日本ではこの年、国立競技場が完成。第3回アジア競技大会が開催されます。長嶋茂雄が巨人に入団したのもこの年です。

  • マリア・ブエノが二冠

    マリア・ブエノ(Maria Bueno)が、この年のUSオープンとウィンブルドンの両方の女子シングルスで優勝しています。

  • ローマ・オリンピック開催

    ローマの第17回オリンピック大会の体操で、 日本選手が男子団体で初優勝を含む金メダル四個を獲得します。

  • まず、西ドイツへ進出

    西ドイツのヴィースバーデンに販売支社を開設。これを機に、ウイルソンは世界へと進出していきます。

  • 世界各国へ

    ウィンブルドン、ワイズバーデン、東京、香港と次々に支店をオープンし、プエルトリコのアグアディヤには野球の製造工場、さらにスコットランドのアービンにゴルフ工場を開設しました。

    また、ウイルソン のアドバイザリ−スタッフであるウィルト・チェンバレンが、Wilson Cometのバスケットボールを使って、NBA記録の100ポイントを達成しています。

  • 更なる事業規模の拡大

    米国のテネシー州コリアーヴィルにあるマスター・ゴルフバッグ(Masters Golf Bag Co.)と、ニューヨーク州のコートランドでラケットを製造していたコートランド・テニス(Cortland Tennis Co.)を買収し、さらに事業規模を拡大させます。

  • 部品製造が可能に

    設立50周年を記念し、黒とゴールドのリースをあしらった販売促進用の特別アイテムを発表します。さらに米国テネシー州コリアーヴィルにある品質の高い玩具と外注成形製品の製造業者であったワンダー・プロダクツ(Wonder Products Co.)を買収。この新しい設備を使って、品質の高いフットボール防具や野球用レッグガードの部品を作ることが可能になりました。

    この年、東京で第18回オリンピック大会が開かれ、日本選手は金メダル16個を獲得します。

  • 女子ソフトボール初の国際トーナメント

    ウイメンズ・ゴルフ・オープンが初めて全米でテレビ放送されます。

    また、女子ソフトボールの初の国際トーナメントがオーストラリアのメルボルンで開催されます。開催国のオーストラリアが決勝でアメリカを1対0で破って優勝します。

  • ビリー・カニンガム

    1965年のNBA™ドラフト1位で選ばれた選手、ビリー・カニンガム(Billy Cunningham)がアドバイザリー・スタッフに参加。その後長い間メンバーの一員としてウイルソンに貢献します。11シーズンの間76'ersでプレーした後、カニンガムは1977年から1985年までチームコーチをつとめ、1983年にワールド・チャンピオンシップを獲得。順位が2位以下に下がることは決してありませんでした。

  • 大いなる転換期

    リング・テムコ・ヴォート(Ling-Temco-Vought)がウイルソン・ミート・パッキング(Wilson Meat Packing)を買収。これによってウイルソン・スポーティング・グッズ(Wilson Sporting Goods)は米国ダラスを本拠地とする航空宇宙産業の巨大複合企業の子会社として再編成されることになりました。

    フランスの元テニス・プレーヤーで企業家のルネ・ラコステ(Rene' Lacoste)によって、それまで使われることのなかったアルミニウム素材のテニス・ラケットがウイルソンに持ち込まれ、T2000として世に送り出されます。トーナメントプロのジミー・コナーズ(Jimmy Connors)が使用したT2000の“steelie”は、力強くかつ軽量なラケットで、すべての販売記録を塗り替える大ヒット商品となります。

    更に、女子プロテニスの創始者ともいわれているビリー・ジーン・キング(Billie Jean King)がアドバイザリー・スタッフに参加しました。【PHOTO:T2000ラケット】

  • ウイルソンの広告コピー

    ウイルソン社の目標がスポーツの振興であることを明確に示す広告シリーズを展開。この広告シリーズは批評家から絶賛され、広告のコピー(複製)を求めるお客様からのリクエストが殺到しました。

    製品の入出荷を集中管理するシステムがナッシュビルで稼働開始しました。

  • 全英テニスで沢松和子が優勝

    全英テニスのジュニア女子選手権で沢松和子が優勝。

    スーパーボウルでは、ニューヨーク・ジェッツが大方の予想を裏切ってバルティモア・コルツを破り、アメリカン・フットボール・リーグのチームとして初のスーパーボウル勝利を獲得しました。

  • ペプシコ社による買収

    この年、ソフトドリンクやスナックフードで有名なペプシコ社(Pepsico Inc.)に買収されます。畑違いの買収についてペプシコは、スポーツ業界におけるウイルソンのリーダーシップと高品質のイメージ、将来性を買収の理由として挙げています。

    フットボールのナショナル・リーグとアメリカン・リーグが合併。それに伴って、安定した品質が評価されたウイルソン製品がNFL™のオフィシャル・ボールに選ばれました。

    カナダのオンタリオ州ベルビルに販売支社とゴルフクラブ工場を開設しました。【PHOTO:NFLオフィシャル・ボール】

  • 一流テニスプレーヤーと契約

    「コートの紳士」と呼ばれていたスタン・スミス(Stan Smith)、パワーテニスを生み出したジミー・コナーズ(Jimmy Coners)、天才プレーヤーのジョン・マッケンロー(John McEnloe)、アイスドールのニックネームを持つクリス・エバート(Chris Evert)らと契約を結びました。

    米国の宇宙飛行士アラン・シェパードが月面でゴルフのスイングを披露。そのとき使ったクラブは、Wilson Staff Dyna Powerアイアンでした。

  • 日本人プレーヤーとも契約

    前年のテニスプレーヤーとの契約に引き続いて、トム・カイト(Tom Kite)やアンディー・ビーン(Andy Bean)、ジェリー・ペイト(Jerry Pate)など、ゴルフ界で活躍していたプレーヤーとの契約も締結します。さらに、大リーグ史上最高の三塁手といわれているジョージ・ブレッド(George Bread)、日本のゴルフプレーヤー島田幸作、村上隆、前田新作、横島春雄などとも契約を結びました。

  • 日本の販売支社設立

    日本に販売支社が設立されました。

  • ジェリー・ウェスト

    ロサンゼルス・レイカーズのガードとして最後のシーズンを終えたジェリー・ウェスト(Jerry West)が、チームのヘッド・コーチを経て、統括マネージャーに就任します。1960年代中頃からウイルソンのスタッフ・メンバーだったウェストは、 NBA™で歴代3位の記録である1ゲーム平均27.0ポイントを獲得、オールスターに選ばれること13回、みごとNBA™の殿堂入りを果たしました。

  • テニス用品の売上げ増加

    創業以来はじめて、テニス用品の売り上げがゴルフ用品を上回りました。

    日本では、第二次ゴルフ・ブームの追い風によって、年間売上げ41億円が達成されました。

  • 欧州市場拡大をにらんで

    ヨーロッパでのテニス市場の拡大をにらみ、近代的な設備の整った製造工場をアイルランドのゴールウェーに開設しました。

  • 部門の分割

    ペプシコの新しい経営陣の方針で事業部制が導入されることになり、ウイルソンを「ゴルフ」「ラケット・スポーツ」「チーム・スポーツ」の3部門に分轄。部門ごとに販売とマーケティングを行う独立採算制となりました。

    35年間に渡ってコンバース社のスニーカーを販売してきましたが、同社に代って世界最大の靴メーカーであるバータ社(Bata)と契約。しかし、バータ社製のシューズの売上げが伸びないため同社製品の取り扱いを中止、本業に専念することになります。

  • テニスボールの製造

    米国サウスカロライナのファウンテン・イン(Fountain Inn)に開設された新しい工場でテニスボールの製造を開始します。

  • ソニーとの合弁日本法人

    ウイルソンは収益性の悪化に苦しんできましたが、この年努力が実り、年末には純利益を上げることができました。日本では、ソニー株式会社とベプシコ社の合弁会社として、ソニーウイルソン株式会社が設立されます。資本金1億円、発足当時の売上げは18億円でした。

    テニスの分野では、ウイルソン製品がU.S.オープン・テニス・トーナメントのオフィシャル・ボールに選定されました。【PHOTO:U.S.オープン・テニスのオフィシャル・ボール】

  • 日本の球界選手との契約

    この年ウイルソンは、ジェントル・ベンの愛称で親しまれているトッププロゴルファーのベン・クレイショウ(Ben Crenshaw)、西ドイツ初のマスターズチャンピオンであるベルンハルト・ランガー(Bernhard Langer)と契約を交わしました。さらに、トップ大リーガーとも次々と契約を締結。日本でもパリーグ盗塁王のロッテ・オリオンズの西村徳文選手や阪神タイガースのミスタータイガースこと掛布雅之選手と契約しました。

  • Ultra Pebble登場

    新たにフットボール・レザー用のUltra™Pebbleが開発され、ボールのグリップがより長持ちするようになりました。

  • Jシリーズ”登場

    日本市場向けに開発された“Jシリーズ”を発表が発表されました。

  • Wilson Pro Staff登場

    独自に編み上げられたグラファイトとケブラー(Kevlar™)構造による初のテニス・ラケット“Wilson Pro Staff™”が誕生。これをきっかけに、業界全体で従来の金属製フレームのラケットが一斉に複合材料に取って代わられました。

    日本ではメタルウッド1200GEを発売し、テニスとゴルフに続いて、野球用品の販売を開始しました。【PHOTO:Pro Staffラケット】

  • マイケル・ジョーダン

    バスケットボールの天才プレーヤー、マイケル・ジョーダン(Michael Jordan)がシカゴブルズに移籍し、ウイルソン・アドバイザリー・スタッフになりました。

    PGA™ショーでUltra™ゴルフ・ボールが紹介され、これまでのボールの販売記録を塗り代える大ベストセラーとなります。

    日本でも、ツーピースボール“ウルトラツアー432”を発表、ベストセラーとなりました。

  • ウイルソン・ジャパン設立

    約2兆円の売上げ規模をもつ米国の一大コングロマリットであるウエスレー・キャピタル・コーポレーション(Wesray Capital Corporation)に買収されます。

    ウイルソン・スタッフ・メンバーでもあるNFLのラッシング・リーダー、ウォルター・ペイトン(Walter Payton)が、闘志と全霊を傾けた素晴らしいプレーで、シカゴベアーズをスーパーボウル初勝利に導きました。

    日本では、販売力の強化を目指して、ソニー株式会社との合弁を解消し、米国ウイルソン100%出資の日本法人としてウイルソン・ジャパン株式会社を設立。

    クラブにおける高安定性設計“SYSTEM-45設計理論”を発表しました。【PHOTO:ウォルター・ペイトン】

  • 日本発のモデル

    チームスポーツの分野では、初の日本人アドバイザリー・スタッフによるモデルが発表されます。

  • Wilson Profile登場

    業界初のワイドボディーのテニス・ラケットであるWilson Profile™を発表。ラケットの開発の歴史に一大革命を起し、テニスラケットに新たなシーンを生み出した記念すべき年として記憶されることになりました。特許技術であるDual Taper Beam™構造を特長としたWilson Profile™は、従来よりも堅く強く、驚異的なパワーを備え、ボールの飛びの良さが抜群な画期的なラケットであると高い評価を得ました。【PHOTO:Profileラケット】

    掛布雅之モデルのバットとグローブが誕生。ウイルソンの野球ボールがNCAA™チャンピオンシップのオフィシャル・ボールに選定されました。【PHOTO:NCAAオフィシャル・ボール】

  • 15歳の沢松奈生子が優勝

    15歳の沢松奈生子が全日本女子テニス・シングルスで優勝しました。

  • アメア・グループ傘下に

    フィンランドのトップ企業アメア・グループ(Amer Group Ltd.)の傘下となりました。アメア・グループは、ヘルシンキとロンドンの証券取引所に上場している株式公開企業で、業界第2位のウィンター・スポーツ・ブランドであるアトミック(Atomic)の株式も保有しています。

    マスターズチャンピオンとなったイギリスのニック・ファルド(Nick Faldo)と契約。さらに、ヤクルト・スワローズ池山隆寛選手もアドバイザリー・スタッフとなりました。

  • Hammer2.7si登場

    Hammer2.7siテニス・ラケットを発表。重さわずか280グラム、重心をヘッドにおいたHammerシリーズは、業界トップクラスのボールの飛びの良さを誇るラケットで、その後3年にわたってプロショップと専門店でベストセラー商品となりました。

    日本では、スター選手のヤクルト・スワローズ池山隆寛をアドバイザリー・スタッフに迎え、池山モデルを発表。

    サンフランシスコ・ジャイアンツのウイルソン契約選手バリー・ボンズ(Barry Bonds)がMVPを受賞しました。【PHOTO:Hammer 2.7si テニス・ラケット】

  • 大リーグの公式グローブに

    ウイルソンのグローブが、メジャー・リーグのオフィシャル野球グローブとして選定されます。

    アドバイザリー・スタッフでもある大学野球のコーチ、ノースカロライナ大学のディーン・スミス(Dean Smith)とデューク大学のマイク・クシジェフスキ(Mike Krzyzewski)が、この年から3年連続して全国制覇を成し遂げました。

    日本市場では、より日本人にマッチした商品を展開し、年間売上額81億円を記録しました。【PHOTO:マイク・クシジェフスキ(左) & ディーン・スミス】

  • 本社を移転

    ウイルソン本社はシカゴ郊外のリバーグローブからローズモントにあるプレジデント・プラザ・ビルへ移転。

    アメリカン・ドリームの英雄、ジョン・デイリー(John Daly)と総合契約。デイリーは、クラブからボールにまでウイルソン社製を使用。また、275CCのビッグヘッド・ドライバー“キラーホエール”を発売。

    マイケル・ジョーダンのサイン入りボールの売上げが、9年連続で100万個以上となりました。【PHOTO:マイケル・ジョーダン】

  • 新体制で技術革新にフォーカス

    世界で最も品質の高い野球グローブが更なる進化を遂げました。新しく発表された野球グローブConform™は、プレーヤーが自分の手に合わせてカスタマイズすることが可能で、驚くほどのフィット感を実現。ウイルソン・スタッフ・コーチのマーシャ・シャープ(Marsha Sharp)が率いるテキサス・テック女子野球チームがナショナルチャンピオンシップを獲得。【PHOTO:Conformグローブ】

    わずか260グラムで、今でも最も軽量なスレッジ・ハンマー(Sledge Hammer™ )3.8siがパフォーマンス・ラケットとして発表されました。スウィートエリアを最大限に拡大させるスこのラケットは、逆三角形のデルタヘッドで、ラケットの形に革命を起しました。【PHOTO:スレッジ・ハンマー3.8 siラケット】

  • Jetバスケットボール

    高品質の屋内/屋外向けの合成皮革製Jet™バスケットボールを発表。

    ゴルフボールのテストコースがテネシー州フンボルトのボール工場に移設され稼働を開始しました。

    野球グローブの画期的なフィッティング機構であるダイヤルフィットシステムが開発されました。

    スポーティング・グッズ・ディーラー誌(Sporting Goods Dealer Magazine)で年間最優秀製造業者となり、NFL™ の年間最優秀ライセンシーにも選ばれました。【PHOTO:Jetバスケットボール】

    ウイルソン・アドバイザリー・スタッフが世界中で大活躍しました。世界ランキング首位のテニスプレーヤーのシュテフィ・グラフ(Steffi Graf)とピート・サンプラス(Pete Sampras)がウイルソンのPro Staff™ラケットでテニス界に旋風を巻き起こしました。男女を問わず世界のテニス界で人気No.1プレーヤー・ブランドであるトッド・マーチン(Todd Martin)とも契約し、ハンマーラケットのトッププレーヤーとなりました。

    ゴルフでは、ジョン・デーリー(John Daly)とベルンハルト・ランガー(Bernhard Langer)が、最新のStaff™Ultra™IronとKiller Whale™メタル・ドライバーを使ってPGA™を制覇しました。【PHOTO:Killer Whaleメタル・ドライバー】

    フットボールでは、ラッシング・リーダーのエミット・スミス(Emmitt Smith)が、ウイルソンのグローブとボールを抱えて大活躍。また、ナショナル・リーグMVPの座に3回輝いたバリー・ボンズ(Barry Bonds)もConformフィールダー・グローブで見事なキャッチを披露。さらに、カレッジ・フットボール・ポストシーズン・ゲームの38チームのうちナショナルチャンピオンのフロリダ・ステートを含む35チームがウイルソンのフットボールを使用しています。

    日本では、横浜ベイスターズのエースピッチャー小桧山選手、セリーグの代表的なピッチャーである広島カープの紀藤選手と契約しています。

    【PHOTO:フットボール用グローブ
  • 新製品が続々と登場

    オーストリアの“アトミック社”を傘下に加え、ウイルソン・オーストリアを設立。新ブランドOXYGEN/オキシゲンで、スノーボート、インラインスケートの販売をスタートさせます。

    日本でも、新しい企業理念と共にウイルソン・ジャパン株式会社が組織の再編成に着手。日本全国をエリア別に区分し、拠点に事務所を開設してさらにきめ細かな販売店サポートとカスタマーサービスを開始しました。

    若者に適切なスポーツ用具を提供するウイルソン・ユース・スポーツが新設されました。対象製品は、バスケットボール、野球、フットボール、サッカー、ゴルフ、ストリート・ホッケーで、子供たちにポジティブな最初のスポーツ体験をしてもらえるデザインと能力レベルの向上に合わせて製品移行できることが特徴です。

    ストレッチ・ラケットシリーズ最長のラケットで、28 1/2インチのフレームと116インチのヘッドサイズを特長としたSledge Hammer 2.8si Stretchを発表。発売開始からわずか4ヶ月で、アメリカ国内でナンバーワンの売り上げを誇るラケットになりました。また、ハンマーシステムラケット“HMクラシック”を使用している女子世界ランキングNo.3のコンチタ・マルチネス(Conchita Martinez)と契約し、このシステムの優位性がトーナメントレベルで次々と実証され、トッププロに注目される要因となりました。

    独創的なTW3030 Technical Walkerを市場に投入、急成長しているウォーキング向けのフットウェア分野にも参入しました。

    チタニウムとステンレス・スチールを使ったユニークな形状のエアロダイナミック・ヘッドTMドライバーを発表。飛距離と正確性で飛躍的な進化を遂げた“ULTRA500”シリーズのInvexとUltra Competition 500ボールでジョン・デイリー(John Daly)が全英オープンで優勝、2度のメジャー・ゴルフ・トーナメント優勝を果たしました。

    オーランド・マジックのアンファニー・ペニー・ハーダウェイ(Anfernee "Penny" Hardaway)とUSAウィメンズ・オリンピック・バスケットボールのシェリル・スゥープス(Sheryl Swoopes)がアドバイザリー・スタッフに加わりました。バスケットボールのスーパースター、マイケル・ジョーダンがシカゴ・ブルズに復帰し、ウイルソンが10個の新しいサイン入りボールを製造して彼の復帰を祝福しました。更に、ウイルソン製品がカレッジ・フットボールUSAのオフィシャル・フットボールに選定されました。

    アトランタ・ブレイブスの名ピッチャー、グレッグ・マダックス(Greg Maddus)が、メジャーリグ初の4度目のサイ・ヤング賞を獲得。最高の右腕投手へと導いたのは、自己鍛錬と飽くなき研究心、野球に対する献身に外なりません。能力向上の技術革新に取り組むウイルソンも、野球のグローブの下にはめるUnderglove™を発表しました。厳選された素材と独創的なデザインで、ナチュラルなフィット感、最良のはめ心地で、グリップやボールのコントロール性能を向上させます。

  • 製品ラインがさらに拡大

    AVP™(Association of Volleyball Professional=プロフェッショナル・バレーボール協会) のオフィシャル・バレーボールとして採用され、ビーチバレーの分野でもリーダーシップを発揮しました。【PHOTO:AVPのオフィシャル・ボール】

    フットボールのショルダーパッドの生産ラインを確保するために、ウイルソンはDonzis™とライセンス契約を結び“Wilson by Donzis”のロゴを入れた商品を開発。この革新的なショルダーパッドもは市場で最も防護力の高いウイルソン独自のエアバッグ・システムを採用。

    ウイルソン・チーム・スポーツは、バスケットボール、ソフトボール、バレーボール、更に、ユニフォーム分野で女性向けのスポーツ用品を特別にデザインし、その需要に応えました。

    Sledge Hammer 2.8si Stretchで驚異的な成功を収めたウイルソン・ラケット・スポーツは、この年の春、Stretchラケットに4つの新たな製品を導入します。また、テニス・プレーヤーの定番とされてきたテニス・シューズの伝統を継承したPro Staff eXtreme 300を発表。このシューズは、包み込むような安定感のある独自のミッドソールと抜群の耐久性を誇るアウトソールが特長で、業界では前例のない 10ヶ月間の保証付きで発売されました。【PHOTO:Pro Staff eXtreme 300シューズ】

  • 新製品が続々登場

    テニスラケットのフェイス面内部に長方形のホール(穴)を施す「パワー・ホール」技術を開発。これは、ラケットフェイス内側のグロメット部分を長方形の穴にすることによって、ボールの反発力に影響を及ぼす縦糸・横糸を長くすることを可能にした技術です。従来のラケットでは、インパクトを受けた際にガットがたわむ範囲が内側のグロメット内に限られていましたが、「パワー・ホール」技術を使ったラケットでは、フレーム外側のグロメットにまで広がるため、パワーの増大とスウィートエリアを拡大することを実現しました。

    ゴルフでは、チタン製クラブに最適化した最先端技術満載のゴルフボール「 STAFF Ti SERIES 」が登場。さらに、ゴルフ市場に革命を起こし、爆発的な人気を維持し続けることになる「ファットシャフト」が登場したのもこの年です。「ファットシャフト」の特長は、従来のクラブと比べて35%も太くしたシャフトネック部。ホーゼル部(シャフトとヘッドの接合部)近くのトルクが抑えられるため、ショットの安定性と、飛距離が格段に向上しました。

    チーム・スポーツでは、背面に縫い込んだ革の覆いが人差し指を保護する画期的な「プロスリーブ(Pro Sleeve)」グローブを発表しています。

  • 新素材の採用

    ハイパー・カーボン素材を採用したテニス・ラケット「ハイパー・ハンマー(Hyper Hammer)」を発表。チタンと比べて4倍の強度と硬度を備えながら65%も軽いハイパー・カーボンは、人工衛星や最先端航空機の材料として主に航空宇宙産業で使われてきた宇宙時代の新素材です。

    チーム・スポーツでも、米国で生まれた新素材合金のC405+を採用したソフトボールとベースボールのバットが誕生しています。

  • 曲がらず遠くへ飛ぶ”ボール

    「STAFF Ti STRAIGHT DISTANCE」ゴルフボールを発表。その名の通り“曲がらず遠くへ飛ぶ”ボールという視点から開発された新しいコンセプトのボールです。高反発カバーとコアの硬度差を大きくした内柔外硬構造がスピンを抑えるため、真っ直ぐに、そしてより遠くに飛びます。この年、ペイン・スチュアート(Payne Stewart)が2度目の全米オープンに輝きました。【PHOTO:STAFF Ti STRAIGHT DISTANCE】

    チーム・スポーツでは、「EZ-CATCH」と「クイックストップレザー」グローブを発表。ウイルソンの契約選手テキサス・レンジャースの名捕手イバン・ロドリゲス(Ivan Rodriguez)がMVPを受賞しています。【PHOTO:EZ-CATCH(上) & クイックストップレザー(下)】

  • ウィリアムス姉妹の活躍

    この年開催されたシドニーオリンピックでは、ヴィーナス・ウィリアムスが女子シングルスで金メダル、妹のセレナとチームを組んだダブルスでも金メダルを獲得。さらに、ウィンブルドンとUSオープンもヴィーナスが制覇。ウィンブルドンのダブルスでもウィリアムス姉妹が優勝しています。二人が使ったラケットはウイルソンの「ハイパーハンマー」でした。

    ウイルソンはこの年、またしても革新的な技術を盛り込んだ「ローラー・テクノロジー(Roller Technology)」テニス・ラケットを発表します。このラケットの特長は、グロメット部に組み込んだローラーで、これによってストリングスの可動範囲が広がり、大きなエネルギー伝達が実現し、ストリングの反発性能が大幅に向上しました。垂直方向におけるストリング運動(図中の ↑↓)の結果、インパクトを受けたときのフェイス面の反発効果(ボールを飛ばそうとする力)が増大します。また、水平方向ではローラーによって、インパクトを受けたストリングが元に戻ろうとする動きが大きく助長されます(図中の←→)。【PHOTO:ローラー・テクノロジー】

    これによって、ソフトなフィーリングが実現しただけでなく、インパクトの瞬間にストリング自身が反発しようとする範囲が横方向のみならず周辺にまで及ぶため、フェイス面のほぼ全域がスイート・エリアとなるのです。

    ゴルフでは、チタンを凌ぐ反発力を生みながら、打感はあたかも“軟鉄”と評された「ファットシャフト・クロモリ・アイアン」がクラブオブザイヤーを受賞しました。このクラブで、レーシングカーのクランクシャフトなどに使用される高強度素材のクロモリ鋼を採用して、高反発とソフトフィーリング性能の相反する2つの機能を両立させました。【PHOTO:ファットシャフト・クロモリ・アイアン】

    チーム・スポーツでは、グローブの軽量化を図るために、強度が2倍、重量が2分の1という画期的な素材「Super Skin」が採用されます。【PHOTO:Super Skin】

  • ディマリニ社を買収

    サンフランシスコ・ジャイアンツの名捕手バリー・ボンズ(Barry Bonds)がメジャーリーグ史上初の4度目のMVPを獲得したこの年、ウイルソンは世界ではじめて2重管ソフトボール・バットを開発したDeMarini(ディマリニ)社を買収しました。

    ゴルフでは、超高反発ドライバーの「ディープ・レッド(Deep Red)」シリーズを発表しました。

    ウイルソンは、3ピース構造を採用した「トライアド(TRIAD)」を発表。翌年にベスト・セラーとなるトライアドは、従来の1ピース構造では不可能とされてきた「パワー」と「快適性」を両立させた画期的なラケットです。ラケットのパワーは、ボールの衝撃に対するラケットの反発力に比例しますが、反発力が大きければ大きいほど、ハンドル(グリップ)を通じてプレーヤーの腕に伝わる振動が大きくなり、快適性が損なわれます。このように相反する「パワー」と「快適性」という命題をヘッド部とハンドル部を分離することで解決したのが、「トライアド」です。ヘッド部とハンドル部の結合に使われている材料は、地震の衝撃吸収のために高層ビルや橋などの建造物に使われているISO-ZORB(アイソ・ゾーブ)。ヘッド部では最大のパワーを発揮しながら、衝撃はハンドル部に伝わる前に遮断してくれるため、快適性なプレイが実現します。

  • オフィシャル・ボール

    「ダブル・コア」テニス・ボールが全国高等学校体育連盟テニス部の公認球となり、全国高校選抜テニス大会のオフィシャル・ボールに採用されます。

    さらに、バスケット・ボールもNCAAのオフィシャル・ボールに採用され、ウイルソンがNCAAブランドのボールの独占販売権を獲得しました。

    ショットやパットが曲がりにくい、完全重心バランスを実現した「 STAFF TRUE 」ゴルフ・ボールを発表。

    これまでの全試合をウイルソン製のラケットで戦ってきたピート・サンプラスがテニス史上初の14度目のグランドスラムを達成。セレナ・ウィリアムスも女子テニス協会(WTA)の2002年シーズンの年間最優秀選手に選ばれています。また、テキサス・レンジャースのイバン・ロドリゲス(Ivan Rodriguez)が7年連続打率3割を達成しました。

  • ATEC社を買収

    ピッチングマシンや野球/ソフトボール用トレーニング機器の最大手メーカーであるATEC社を買収。

    「ダブル・コア」がインターハイのオフィシャル・ボールに採用されます。前年の2002年に全国選抜テニス大会のオフィシャル・ボールに採用されたのに続く快挙です。

    ディープレッドTABキャビティ・アイアンが「間違いだらけのゴルフクラブ選び2003」(三推社/講談社)でグランプリを受賞。飛距離への飽くなき追求の末に誕生したTAB構造のパフォーマンスの高さが評価されました。【PHOTO:ディープレッドTABキャビティ・アイアン】

  • 契約選手の活躍とnCodeの登場

    ウイルソンの契約選手も世界中で大活躍しました。

    まずテニスでは、世界ランキング第一位のロジャー・フェデラー(Roger Federer)が全豪オープン/ウィンブルドン/全米オープンを征し、4大大会年間3勝目を達成。また、ガストン・ガウディオ(Gaston Gaudio)も全仏オープンの男子シングルスでノーシードから勝ち上がって優勝しました。

    ゴルフでは、上原彩子が女子プロテストをトップで合格したのに続いて「LPGAステップアップツアーヴァーナルカップ」で優勝。神山隆志が「JCBクラシック仙台」で優勝したのに続いて全英オープンに出場し、日本人として最高位の27位でフィニッシュしています。パドレイ・ハリントン(Padraig Harrington)もヨーロピアンツアー第33戦リンデ・ドイツマスターズで優勝しました。

    メジャーリーグでは、サンフランシスコ・ジャイアンツのバリー・ボンズ(Barry Bonds)が史上3人目の700本塁打を、シカゴ・カブスのグレッグ・マダックス(Greg Maddux)が史上22人目となる300勝を達成しました。更に、デトロイト・タイガースの名捕手イバン・ロドリゲス(Ivan Rodriguez)が10年連続のゴールドグラブ賞を受賞しました。【PHOTO:グレッグ・マダックス 】

    ナノテクノロジーを応用したテニスラケット「nCode」シリーズが登場。

    nCodeは従来のラケットに比べて、2倍の強度、2倍の素材安定性、22%のパワーを実現した革新的なラケットです。世界に先がけて日本で販売が開始されたのを記念して、専用サイトwww.wilson-ncode.jpが公開されました。さらに、ウイルソンのブランドメッセージ“feel it”を伝えるためのwww.wilson-feelit.jpを立ち上げました。【PHOTO:nSix-One Tour 90】

  • 新製品と契約選手の活躍がファンを魅了

    2005年は、魅力的な新製品が次々と誕生した年でした。

    ■「メープルをつかったSAMバットと「ハーフ&ハーフ」構造の軟式バット

    チームスポーツで最も注目を集めたのがスイングタイプ別軟式ベースボールバット。Rシャフトを装着したスインガータイプ向けのDF-1(DXJRG)とSシャフトを装着したハードヒッター向けのDF-1(DXJST)の2種類の軟式バットです。どちらもグリップのしなりとヘッドの走りを追及した「ハーフ &ハーフ」構造となっており、飛距離が大幅にアップしました。【PHOTO:DF-1(上:DXJRG/下:DXJST)】

    世界で最も美しく、そして厄介で手ごわい野球バット」といわれるSAMバットも発売されました。北アメリカ大陸で最も豊かな落葉樹の森に囲まれたオタワ(カナダ)で誕生したSAMバットは、従来からのバットの素材であるアッシュ(セイヨウトネリコ)よりもずっと密度が高いメープルで作られています。【PHOTO:SAM BAT MXKB1】

    ■発売前から問い合わせが殺到

    TABアイアンシリーズの中でも最大の初速アップを実現した“Wilson Staff TAB III Iron”が登場。

    さらに、アグレッシブなショートゲームを可能にした“Wilson Staff Tw5( クラシックウエイト/ ツアーウエイト)”も登場。これまでにない的確なインパクトと飛距離を実現しました。【PHOTO:【PHOTO:TAB III (右) & Tw5】

    ■nCodeラケット使用選手の活躍と新シリーズのラインナップ

    無敵の王者ロジャー・フェデラーは全英・全米オープンで優勝、年間最終ランキング1位の座を守り、女王リンゼイ・ダベンポートも2年連続4回目の年間最終ランキング1位の栄誉に輝きました。また、全豪オープン女子シングルスではセレナ・ウィリアムスが、全仏オープンではジュスティーヌエナン‐アーデンが優勝。ヴィーナス・ウィリアムス、ケビン・ウリエット、ブライアン兄弟も4大大会をはじめ、数々の世界大会でその実力を世界にアピールしました。彼らの偉業に貢献した“nCode”に新シリーズをラインナップ。更に、女性の身体能力を科学的・工学的に分析し、女性の美しさと強さを引き出す“W ライン”シリーズを発表しました。【PHOTO:ロジャー・フェデラー & リンゼイ・ダベンポート】

  • 新市場に参入

    企画開発、デザイン、生産までを行うトータルメイクのテニスウェアを発表、スポーツアパレル業界への本格的参入を開始しました。今回発表した2006秋冬モデルは、「Xシリーズ」「Aggressiveシリーズ」「W-Styleシリーズ」の3種類で、中でも「Xを纏う」のキャッチコピーを冠した「Xシリーズ」は、プレイヤーのウェアへのストレスを大きく軽減し、人気モデルとして継続生産される製品となりました。

    3月には、これまで欧米を中心に販売し、多くのトッププレイヤーに愛用されているウイルソンのバドミントンラケットの国内販売を開始しました。まず、テニスで培った独自のナノテクノロジーを導入したバドミントンラケット「nCodeシリーズ」をはじめとした7モデルを発売、順次新モデルを発表し、国内のプレイヤーを強力にサポートしていくことになりました。

    更に、2003年に100%出資子会社であるウイルソン・スポーティング・カンパニーが買収したATEC社の野球/ソフトボール用ピッチングマシンの国内販売を開始しました。

    フェデラー、ウイルソンと生涯契約を締結

    これまで、ビリー・ジーン・キング、ジャック・クレイマー、ピート・サンプラス、クリス・エバート、シュテフィ・グラフといった世界に名だたるトッププレイヤーと生涯契約を結んできたウイルソンは、3月に世界テニスランキング第1位のロジャー・フェデラーとも契約を結びました。これを記念し、7月にフェデラーが公式試合で実際に使用している同一スペックのテニスラケット「nSix One Tour Federer」を限定発売しました。

    スポーツ界でウイルソンの契約選手の活躍が注目される中、プロゴルファーのパドレイグ・ハリントンが「アルフレッド・ダンヒルリンクス選手権」「ダンロップフェニックストーナメント」に優勝。「ボルボ・マスターズ」2位の快挙を遂げ、今年度の欧州ツアーランキング1位を獲得しました。

    ゴルフでは、カーク・カーリーと共同開発したパター「ウイルソンスタッフKc II」、人気モデルのNcシリーズに「Nc FW」「Nc UT」がラインナップされました。

    また、テニスでは女性向けテニスラケット「Wライン」シリーズに5種類のコスメティックを揃えた「W4」とウィリアムズ姉妹の要望によってデザインされた「W3 Gypsy Rose」「W5 Divine Iris」が登場しました。

  • 注目の日本人プレーヤー錦織圭と契約

    2006年に全仏オープン・ジュニアで優勝、2007年にRCA選手権でベスト8入りしたテニス界注目のプレーヤー錦織圭(17歳)と日本人初のワールドワイド用具契約を締結しました。この契約によって、世界中のウイルソン現地スタッフが試合会場まで赴き、錦織選手が使用する用具を提供することになりました。

    nCodeからさらに進化を遂げた[K]Factorシリーズテニスラケットを発売。「完璧なコントロール」を可能にするラケットの登場がテニス界に新たなトレンドを生みました。さらにバドミントンラケットにも[K]Factorシリーズが登場しました。また、ひとり一人の動きを追及したテニス/バドミントンアパレル、耐久性とパワーアップがアップした野球/ソフトボールの用具など新技術を搭載した数々のヒット商品が生まれました。

    この年も、ロジャー・フェデラーの全豪/全米/全英優勝をはじめ、ウィリアムス姉妹、ジュスティーヌ・エナン、ブライアン兄弟ほか、多数のウイルソン契約選手が大活躍しました。【PHOTO:ロジャー・フェデラー(左)とセレナ・ウィリアムス】

    [K]Factorのすべてを紹介するウェブサイト「k-factor.jp」、日本全国のかべ打ちスポットの紹介などテニス愛好家の方たちのコミュニティサイト「WILSON SQUARE」、仮想空間「セカンドライフ」に「Wilson Cafe@ Second Life」がオープンしました。【PHOTO:Wilson Cafe@ Second Life(左)とwww.k-factor.jp】