2006/9/ 5  --   秋山英宏のテニス・ツアー潜入記

ピリオド

スタジアムが彼との別れを惜しんでいた。観客の思いが巨大なかたまりとなって、スタジアム全体を包んでいるようだった。テニス界の「生ける伝説」アンドレ・アガシが、現役生活にピリオドを打った。

このトーナメントを最後に現役を退くことを明言していたアガシ。1回戦、2回戦では、とても36歳とは思えない体力を見せつけ激戦を制したアガシだが、その体は限界まで痛めつけられていた。マルコス・バグダティスとの2回戦の翌日は、歩くこともできなかった。この日の3回戦も激しい腰痛を抱えたまま試合に臨んだ。あの、足に羽の生えたようなフットワークと攻撃的なグラウンドストロークは失われていた。アガシらしくない柔らかいショットで、リアクションテニスに徹するしかなかった。ここを乗り切れば、ベスト8をかけて同じアメリカのアンディ・ロディックと顔を合わせるはずだったが、伏兵に足をすくわれた。ベンヤミン・ベッカーは“元祖”B(ボリス)・ベッカーのブンブンサーブを思わせる最高時速228キロの剛速球を叩き込み、アガシを立ちすくませた。

ベッカーのマッチポイント、アガシの顔はすでに、くしゃくしゃだった。抜群のリターン力を誇ったアガシだが、この最後のサーブだけは涙で見えなかったに違いない。握手を終え、ベンチに戻ったアガシはタオルで顔を覆った。その後、いつものようにコート中央に歩み出て、四方の観客席に向かって投げキスとお辞儀を繰り返した。万雷の拍手は5分間以上も鳴りやまなかった。

アガシのスピーチは最初から涙声だった。
「スコアボードでは僕が負けたことになっているけれど、このスコアボードは、僕がテニス人生で得たものは映し出していない。この21年間で僕が得たのは、ファンのみなさんの心からの信頼だ。コートでも人生でも、みんなが僕を引っ張ってくれた。最悪の時にも、みんなが励ましてくれた。みんなが僕を成功に導いてくれた。みんな、寛大だった。みんなの肩を借りて、僕は夢をかなえることができた。この21年間で、僕が得たのは、あなたたちだ。みんながくれた思い出と一緒にこれからの人生を生きていこうと思っている」

テニス界のカリスマは、詩のような美しい言葉を残し、コートから去っていた。

投稿者: フリーライター 秋山 英宏 日時: 2006年09月05日 01:40||コメント: 1    »コメントを送る…

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.amerjapan.com/cgi-bin/mt/mt-arrier-tracking-dodo.cgi/86

コメント

このアガシの最後の試合の話しは、感動的な記事でした。秋山英宏氏の卓越した文章のお陰もあるのでしょう。早速秋山氏のプロフィールを拝見しました。写真を見るかぎり、期待通りか期待に反してか、かなり渋いおじさん(笑い)ですね。これからもいい記事を読ませてください。

コメントを投稿


RECENT ENTRIES

CATEGORIES

LINKS

RSS/ATOM FEEDS