2008/1/25  --   秋山英宏のテニス・ツアー潜入記

王者の焦燥

フェデラーが、もがいていた。相手のヤンコ・ティプサレビッチ(セルビア)は絶好調。ずっとゾーン状態を続けている。雨で屋根を閉めたロッド・レーバーアリーナは少し蒸し暑く、息が詰まるようだ。土曜日の午後4時47分に始まった試合は、時計の針が8時を回り、9時を回っても行方が見えてこなかった。

ティプサレビッチは、とにかく粘り強かった。フェデラーの攻撃をことごとくカウンターで返し、ポイントを長引かせる。相手のミスが期待できないため、フェデラーは最高のウイナーを決める必要があった。失うもののないティプサレビッチは勇敢だった。フェデラーは計21本のブレークポイントを迎えたが、そのうちブレークに成功したのは、わずか5回。攻めても攻めきれない。流れが来そうで来なかった。

絶好調の相手と、蒸し暑さのほかにも敵がいた。ビデオ判定システム「ホークアイ」だ。観客にはわくわくする場面だが、フェデラーは、このハイテクシステムが好きではない。相手の、そしてみずからの「チャレンジ(ビデオ判定の要求)」でゲームの自然な流れが阻害され、プレーのリズムが壊れる。すでに採用されているものだからあれこれ言いたくない、とは言うものの、当初からフェデラーはこのホークアイ導入に否定的だった。フェデラーは“ありのまま”を好む人だから、相手とのボールのやりとりに機械が介入することが生理的に嫌なのだろう。

特に調子が悪いわけではないと思うのだが、気分良くプレーできていないからミスも増えていく。フェデラーがこの試合で記録したアンフォーストエラーは64。精密な技術を持つ王者にとって、これだけエラーが続く試合はめったにない。

フェデラーの一方的な勝利が予想された、この3回戦。想定外の長い試合に、ナイトセッションとして7時半に試合を始める予定だったビーナス・ウィリアムズとサニア・ミルザ、そのあとに試合が組まれていたレイトン・ヒューイットとマルコス・バグダティスも、徐々にイライラを募らせた。ナイトセッション第2試合の開始が深夜に及ぶことを恐れたトーナメントディレクターは、ビーナスとミルザに試合を順延にするか、ボーダフォンアリーナ(第2センターコート)に移してただちに試合を開始してくれないかと打診したが、両選手はこれを拒絶。また、この打診の段階で、ヒューイットとバグダティスには第2試合の繰り上げスタートが決定したと伝わったらしく、あわてて準備を始めた両選手と大会側の間で、その後、「大激論」になったという。すべてはティプサレビッチの健闘とフェデラーの苦闘に起因していた。

テニスファンの番狂わせへの期待と不安、待たされる者たちのイライラ、大会関係者の苦悶、そして、王者自身の焦燥と恐怖に終止符が打たれたのは、午後9時14分。試合開始から4時間27分が経過していた。フェデラーは5セットで計202ポイントを獲得し、173ポイントを奪ったティプサレビッチをとうとう打ち倒した。スコアは6-7(5),7-6(1),5-7,6-1,10-8という壮絶なものだった。絶体絶命の状況を切り抜けたフェデラー。その強さが余計に際立った試合だった。

投稿者: フリーライター 秋山 英宏 日時: 2008年01月25日 12:19||コメント: 0    »コメントを送る…

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