2008/5/14 -- 秋山英宏のテニス・ツアー潜入記
2006年、ローランギャロス
錦織圭は06年全仏ジュニアのダブルスで、日本男子として初めて四大大会のジュニア部門を制した。錦織の名が初めて新聞で大きな活字になったのが、このローランギャロスだったと思う。アルゼンチンのマサと組んだダブルスは、実は錦織の独壇場だった。マサの強打は確かに頼もしかったが、ゲームをコントロールしていたのは常に錦織だった。1回戦から決勝まで、コート上にいる4人の選手の中で、錦織の存在感は、ショットの切れ味やダブルスのセンスは、頭ひとつ抜けていた。
しかし、この大会で我々が目を見張ったのは、実はシングルスの錦織だった。1回戦で第3シードのシドレンコ(フランス)を破った錦織は、圧倒的な強さでベスト8に勝ち上がる。地元フランスの新聞は、自国のホープをボコボコに叩きつぶした錦織を「怪物」と書いた。この大会で、男子シングルスを制したラファエル・ナダルは、決勝を前に「仮想フェデラー」として錦織をヒッティングパートナーに指名した。不運にも、大会中に痛めた腹筋の影響でベスト4進出は逃したが、準々決勝までの3試合の内容は、我々に「優勝」の二文字を十分意識させるものだった。
不思議だったのは、3試合とも、対戦相手が途中で試合を投げ出してしまったことだ。錦織の強烈なパンチを食らい続け、心身ともにへろへろになってしまったのだろうか。錦織に終始試合を支配され、脳がパニックを起こしてしまったのか。それとも、圧倒的なポテンシャルの差を思い知らされ、戦意を喪失してしまったのだろうか。その選手のコーチだったら、頭を抱えたくなるような試合展開だった。コートサイドからタオルを投げ込んで、審判にTKO負けを告げてもらいたくなるような試合だった。うちひしがれた敗者の姿に、余計、錦織の強さが印象づけられた。
錦織の試合をコートサイドで見つめていたのは、われわれ記者だけはなかった。テレビ解説の仕事でローランギャロスに来ていた松岡修造さんは、まるで自分が試合をしているような目で錦織の動きを追っていた。米国・IMGアカデミーの選手仲間ニコル・バイディソバも、錦織のコートによく足を運んでいた。杉山愛と、コーチの芙沙子さんも錦織が試合をするたびにコートに顔を出し、熱い視線を送っていた。
錦織の1回戦を観戦した杉山は、おどけたように言った。「もう、目がハート!」。杉山は「日本の男子であんなにハートのあるプレーは見たことがない」と絶賛した。16歳の錦織は、そのプレーで、大先輩の杉山を虜(?)にしてしまったのだ。その杉山に、私は偉そうに、こう言ったのだ。
「確かにすごいけど、まだまだ、こんなもんじゃないから」
百戦錬磨の杉山に向かって、よくも分かったような口をきいたものだと思うが、実際、そう思っていたのだから仕方ない。錦織のすごさは自分なりに分かっているつもりだった。だからこそ、驚いたり絶賛するのはまだ早い、と思っていた。「こんなもんじゃない」と思ったのは、そのローランギャロスからさらに2年前に、私自身、「目がハート」になるような体験をしていたからだった。(次回につづく)
06年全仏オープンの試合レポートは以下のURLから。
http://www.jta-tennis.or.jp/tennisfan/list2006.html
投稿者: フリーライター 秋山 英宏 日時: 2008年05月14日 12:15|パーマリンク|コメント: 0 »コメントを送る…