2008/6/25 -- 秋山英宏のテニス・ツアー潜入記
錦織圭、無念の途中棄権
【2008年ウィンブルドンより】
錦織圭のウィンブルドンが終わった。1回戦第3セット開始早々の途中棄権。前哨戦からの腹筋痛がぶり返し、耐えられないほどになったという。試合後、あらためて診察を受けると、腹筋は肉離れを起こしていた。連戦で肉体を酷使してきたツケが、大事なところで出てしまったのだ。錦織は日頃から自分の身体をいたわり、人一倍トレーニングを積んでいる。なかでも体幹は、ショットにしても動き(ムーブメント)にしても、彼のスピードを支える文字通りの根幹であり、重点的にトレーニングしている箇所だ。それでも、ラファエル・ナダルなど世界のトップクラスとの戦いで大きな負荷がかかり、持ちこたえられなくなったのだろう。
試合のあと、錦織はしばらくベンチを離れなかった。ロッカールームまでの道を先導するガードマンを待っていたのだろうか。錦織はタオルで汗をぬぐい、じっと椅子に座っていた。表情は分からない。ただ、その目線はずっと自分の足元に落ちていた。そのシルエットが、4年前の光景とダブッた。04年9月のバルセロナ(スペイン)。錦織は、国別対抗戦のジュニア・デビスカップ世界大会に出場していた。彼はまだ14歳の少年だった。
日本代表のエース錦織は、この大会で優勝することになる強豪スペインのエースと対戦した。前回の原稿で「目がハートになった」と書いたのは、この試合のことである。薄暮の試合は大接戦になった。試合の終盤、チェンジエンドのたびに、錦織はがっくりとうなだれてベンチに腰を下ろした。憔悴しきったその姿は、15ラウンド戦い抜いたボクサーのようだった。ところが錦織は主審の「タイム」のコールを聞くと、たちまち戦意を蘇らせて、ボールを打ち始めた。そのボールには、恐ろしいほどの殺気が込められていた。錦織は結局、この試合に勝ってしまう。見る者すべての胸を打つ、素晴らしい試合だった。
ベンチでタオルをかぶり、がっくりとうなだれていた錦織。憔悴しきっているように見えたが、そうではなかった。頭の中では、相手を打ち倒すイメージがさまざまに駆けめぐっていたに違いない。その気配を察し、隣に座る村上武資監督はほとんど声を掛けられない様子だった。あのとき、ベンチに座った錦織は、間違いなく生きるか死ぬかの戦いを戦っていた。
途中棄権に追い込まれたウィンブルドン。しかし錦織は、試合終了後のベンチの上で、やはり激しく戦っていたのだと思う。短い時間に、さまざまな思いが去来しただろう。「ケガはどれほど重いのだろうか」「棄権は正しい選択だったのか。無理して続ければ、まだチャンスはあったのではないか」。そして「この悔しさを味わわないためには、どうすればいいのか」「今、自分にできることは何か」と自問自答が続いたはずだ。試合途中と終了後という違いはあるが、あの薄暮のバルセロナと同じように、錦織は、頭の中で生きるか死ぬかの戦いを戦っていたのだと思う。
ウィンブルドンは終わったが、錦織のテニス人生はまだ始まったばかり。あのベンチで、錦織の次の戦いが始まったのだ。
投稿者: フリーライター 秋山 英宏 日時: 2008年06月25日 12:31|パーマリンク|コメント: 0 »コメントを送る…