錦織圭ラケットHistory

錦織圭ラケットHistory

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こんにちは。Wilson道場です。
ULTRA TOUR発売を記念して、錦織圭選手の歴代ラケットを、実物画像と共に振り返ってみます。(本日から連日で渡って掲載させて頂きます)
まずは、私が出会う前に使用していたモデル「Hyper Hammer 5.3 110」。当時トッド・マーティン選手やリンゼイ・ダベンポート選手が使用していたモデルのラージサイズ。正直、このラケットとの出会いが、今に至るまで脈々と継承され、そして錦織選手の中に確固たる理想のラケット像を作ったと言っても過言では無いと思います。(ハンマーバランスによる)打ち負けないパワーと、(パワーホールによる)柔らかいフィーリング。それが錦織選手が変わらずラケットに求めているものなのです。


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2本目は「Hyper Hammer 6.3 95」。
11歳のこの年から正式に“錦織圭xWilsonの歴史”が始まりました。
このラケットで110sq.inchから一気にマイナス15sq.inchも小さなフェイスに変更したのは、当時の彼の技術では大きなスウィートエリアは必要なく、それであれば振り抜き感にメリットを出した方が良いとの判断から。
錦織選手はこのラケットで、全国選抜ジュニア、全国小学生大会、全日本ジュニアU12の三冠を成し遂げます。当時セレナ・ウィリアムズ選手はこのラージサイズを使用していた。


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3本目は「Hyper Hammer 5.2 95」。前モデルのHyper Hammer 6.3から、しなりを軽減することでパワーアップしたHyper Hammer 5.2にスウィッチしました。この頃から錦織選手は、自分より体格の大きい、パワーのある海外の選手とのゲームが増えてきたことが理由です。ここから現在に至るまで、錦織選手の使用するラケットのスウィング・インデックス(しなり量を示す数字)はほぼ変わらずとなっています。またこのラケットから、彼が使用するラケットにだけ、敬意と期待を込めて、Keiというロゴをラケットに配備しています。これも、今現在に至るまで続いている歴史の1つです。(Wilsonロゴの下に見えるロゴです)


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4本目は、錦織選手が拠点をフロリダに移した時期に使用していたH TOUR 95。本人も歴代ラケットの中で一番記憶に残っているとのことです。当時ジャスティーヌ・エナン選手は同様のモデルを使用。このモデルはアイソグリッドテクノロジーにより、Hyper Hammer 5.2よりブレが軽減され、コントロールとパワーが向上していました。それも貢献し、海外の大会でも結果を出し始めます。2003年にはオレンジボール準優勝。そして2004年にはGグレードでも初優勝を飾りました。14歳でのG3優勝は快挙と呼べるものでした。


5/16本 2005(15歳)

5本目はナノテクノロジーにより、より安定性を増した「n TOUR 95」。この頃から、ラケットに関するリクエストも多く出るようになって来ました。鉛が貼られたラケットに体感重量を合わせたり(成長期の体を考慮して、重量はそのままでバランスで調整)。またスプリット・ダブル・バック・ハンドのため、左手人差し指がフレームに当たるので、長さを変えずにグリップを伸ばしてほしいというリクエストに、ブランドロゴを消してまで対応したり(大阪スーパージュニアの試合待機中に出たリクエスト)…このグリップは今でも踏襲しています(市販品はノーマルの長さ)。この年、初めてのツアー出場(京都チャレンジャー)を果たす。


6/16本 2006-2007年(16-17歳)

柔らかい打球感を好む錦織選手は、Hyper Hammer 5.3、6.3に搭載されていた“Power Hole”(ストリングスのたわみを大きくするテクノロジー)を好んでいましたが、ここ4年ほどはそのテクノロジーが搭載されていませんでした。6本目となる「n TOUR II」では、類似のテクノロジーであるDouble Holeが新たに搭載され、その打球感が更に錦織選手の感覚を研ぎ澄まします。このテクノロジーは現在のモデルでも継続搭載されています。またこの頃からストリングスをハイブリッドにスウィッチしていますが、テンションは今から比べると高めのAV.57P。ただ張り方が少し変わっていました。スウィートエリアを上方向に広げるために、縦糸より横糸を高くしていました。それもまた彼なりのパワーアップ理論だったと思います。そうして好みの打球感を得た錦織選手は、全仏オープンで日本男子史上初のグランドスラムジュニアダブルス優勝の快挙を果たました。また2007年のJapan Openで17歳9ヶ月でプロデビューも果たします。


7/16本 2008-2009年(18-19歳)

そして7本目はAIR-Kの名を世界に知らしめる結果を叩き出した「[K] TOUR 95」。この[K]は圭のKではなく、新素材カロファイト・ブラックのKなのですが、更にパワーを向上したモデルとなっています。このラケットに変えてから、ストリングスの張り方を横糸を縦糸より下げて張るようになります。そしてこのラケットで、デルレイビーチ国際で初のATPツアータイトルを獲得!その後のUS OPENでは、当時世界4位のフェレール選手を破ってのB16。そしてATP最優秀新人賞まで獲得し、飛躍の年となりました。

このUS OPENで面白いエピソードがあります。1回戦で何本かストリングスが切れて、On Court Racketを出します。その後の話ですが…「どうしてそんなに切れたの?」「切れかけのフィーリングが好きで、張り変えずに試合に向かっているので…」「それは良くないよ。張り立てで、好きなフィーリングに合わせれるようにしないと、何本あっても足りなくなるよ」「………」。フェレール戦では、ラケットチェンジの際に、ビニール袋から取り出したラケットを使用していました。そうです!錦織選手はこの短期間の間に修正をしたのです。これが彼の強さだと思います。


8&9/16本 2010-2011年(20-21歳)

右肘の怪我から復帰をするために選ばれたラケットが、玄武岩から作られたバサルトファイバーを採用することで、インパクト時の不快な衝撃や振動を軽減し、クリアな打球感を生み出す「TOUR BLX 95」。怪我明けの「感覚を取り戻すため」にはベストな選択だったと思われます。ただスペックはフェイスサイズ:95sq.inch、ウェイト:289g、バランス:34.0cm、厚み:22mm、長さ:27.25inchに拘り続けており、現在では「錦織圭を創った95J」としてラインナップされています。印象的だったのはUS OPEN1回戦のチリッチ戦。数年後にこの2人が決勝の舞台に立つのですが、この時は4時間59分の熱戦を制した時の錦織選手のガッツポーズでした。
また、2011年には日本人最高位ランキングを更新したのを機に、錦織圭スペシャルコスメとしてオレンジxホワイトが作られました。


10/16本 2011-2012年(21-22歳)

10本目のラケットへは、11年の11月、シーズン途中にも関わらずに急遽スウィッチとなりました。それが、来期のラケットとして開発を進めていた、更なるフィーリングの向上のために、バサルトファイバーの配合量を増やしたラケット「STeam PRO 95」(STeamとは内側からあふれ出す元気やパワーという意味)。よりクリアな打球感を感じたいという錦織選手のリクエストにより生まれたラケット。そして錦織選手はこのモデルからそのスペックを大きく変更する。そしてそれは、後々に「錦織選手が創った」と言われるモデルで、(これまではWilsonが発売するラケットを錦織選手が使用していたが)錦織圭選手の要望でWilsonが作ったモデルとして発売されました。スペックはサイズ:95sq.inch、ウェイト:309g(+20g)、バラン:32.5cm(-1.5cm)、厚み:22mm、長さ:27.25inch。少し重く、バランスを手元にする事で、ヘッドの走りを若干抑えつつもパワーを落とさないスペックとなっていました。
このSTeam PROにスウィッチするやいなや、世界ランクNo.1のジョコヴィッチを下し、スイスインドアで準優勝を果たします!
更にそこから、日本テニスの歴史を覆す活躍を見せます。まずは全豪で80年ぶりのB8。ロンドン五輪では88年ぶりの勝利、そしてB8。そしてJapan Openでデルレイビーチぶりのツアー2勝目をあげました。


11/16本 2013-2014年(23-24歳)

11本目のラケットは、(現在のところ)錦織圭選手最大の結果を導き出したモデル「STeam 95」でした。それは、2012年、母国日本唯一のツアー大会で優勝を果たした際、「今日は完璧でした」と振り返ったベルディヒ戦後の「追い込まれた時に、情勢をイーブンに戻せるような…ディフェンス力を上げる…やっと届いた打球でも、より攻撃的に変えれるラケットを…」「でも打球感は変えたくない…」というリクエストに応えたモデルでした。完璧だったと振り返った試合で、次の目標を見出すところも凄いことだと思います。そのリクエストを叶えたのは、ラケットトップの10穴、サイドの14穴のストリングスホールを、ストリングスが真っ直ぐになるように開けられたパラレル・ドリリング・テクノロジーでした。これによりスウィートエリアが若干広がるため、相手の打球に届き、フェイスに当てさえすれば、今までにはなかった広いスウィートエリアが強力な打球を生み出します。その完成度は、2014年1月からの使用開始予定を繰り上げて、13年の7月に使用開始した事でも分かっていただけるはず。そしてマイケル・チャンをコーチに迎えた錦織圭選手は、2月にメンフィスで2年連続優勝、3月にマイアミではB4、4月にバルセロナで優勝、5月にマドリードで準優勝、そして9月のUS OPENではアジア出身選手では前人未到の決勝に進みました!そして更にマレーシアオープンで優勝、ジャパンオープンでも優勝。更にはATPツアーマスターズにもアジア出身選手で初めて出場を果たし、世界No.5でシーズンを終えました。


12/16本 2015-2016年(25-26歳)

2014年5月、マドリード決勝のナダル戦。錦織圭選手は股関節を痛め、1stセットを先取しながらも、棄権せざるを得ない状況に…これを受けて、ショートポイント、フリーポイントの重要性を痛感し、「相手の時間を奪うスピードが欲しい」とリクエスト。この時我々は、2015年はSTeam 95の継続使用を予定していました。しかしリクエストが出たのであれば作らなければ…それが12本目となる「BURN 95」でした。BURNでは、高剛性、高反発素材のハイ・パフォーマンス・カーボンをフレーム内側に配合する事で、打球速度を上げることを可能にしました。ラボテストでは8%もの球速アップが実現しました。錦織選手もラケットを変えるや否や、ブリスベン国際で最速の200km/hを超えるサーブを披露しました。その後はAustralian Open B8、メンフィスで3連覇、バルセロナで2連覇、Roland GarrosでB8、ツアーファイナル出場を達成。ランキングも自己最高位の4位を記録しました。そしてそして年末には、我々ウイルソンと錦織圭選手にとって大きな事件が起きます。そうです!我々ウイルソンと錦織圭選手は「現役生涯契約」を結んだのです!ここで思い出すのが、2007年のJapan Openでプロ転向初戦を迎えるために帰国していた錦織選手と、築地のお寿司を食べていたときのこと…実はこの時はまだ錦織圭選手とプロ契約は交わしていなかったんです…おそらく多数のメーカーからオファーはあったはずです…しかしそこで彼の口から出たのが「ウイルソン以外考えられません」という言葉でした。涙が出そうになったエピソードでした。話は戻り、BURN 95にスウィッチした翌年はリオ五輪で銅メダルを獲得しました。


13&14&15/16本 2017-2018年(27-28歳)

「体が疲れないラケットなんてできないですよね…」錦織圭選手のその何気ない言葉を実現するために、ウイルソンが開発したのが「BURN 95CV」です。CVとはCountervailと言う衝撃吸収性能の高い素材名の略で、NASAなどでも使用されている最先端素材の1つです。
打球時の振動や衝撃はラケットを通じて体に伝わる。その振動や衝撃を抑え込むために筋肉は無意識の内に働いている。であればその振動、衝撃を軽減すれば、筋肉疲労は軽減んできる…そういった理論で開発されたモデルです。実際にCVモデルでは上腕二頭筋、三頭筋や手関節屈筋群の働きが少ないことが立証されている。これにより、5セットにもつれた試合においても、疲労を軽減しつつ試合を進める事が出来る。「ファイナルセットの鬼」と呼ばれる錦織圭選手を支えています。
2017年には不運な怪我からツアーを離脱し、3ヶ月間もの間ラケットを握れず、5ヶ月間もの間試合から離れていました。しかし2018年にはUS OPEN B4、ツアーファイナル出場と奇跡的な復活を遂げました。
2017年のクレーコートシーズンからはリバースデザイン(14/16本)、2018年の夏のハードコートシーズンからはカモフラージュデザイン(15/16本)の同モデルを使用しました。


16/16本 2019年-(29歳-)

16本目は、錦織圭選手が2019年から(正確には18年12月から)使用する「ULTRA TOUR 95CV」。本日12月7日発売モデルです!
ラリーからの展開力を高めるために、バウンド後の威力を高めるパワーと柔らかいフィーリングのリクエストを受けての開発開始となりました。いくつかの試作品の試打の後、威力だけを見るとフェイスサイズの大きいモデルが良い。ただしスウィングスピードを考慮するとフェイスは大きくしたくない…そんな矛盾を解いたのがクラッシュ・ゾーン・テクノロジー。フェイス6時部に埋め込まれたクラッシュ・ゾーンが打球時にスプリングの様な働きをする事で、ストリングスのたわみが大きくなり、+2.7%大きいフェイスサイズを使ってるのと同じパワーとスウィートエリアの広さを実現します。もちろんその働きはより柔らかいフィーリングをも生み出します。つまり、バウンド後も威力が落ちない、98sq.inch相当の95sq.inchモデルが完成したのです!
2019年は更に進化した錦織圭選手に会えるはず!